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銀のアンカー【三田紀房】

  • 2008/04/28(月) 19:30:20

銀のアンカー
スーパージャンプ 2008年10号より
三田紀房 著


『地方国立大理系学生は、遊ぶ機会が少ないので実験と座学しかやることがなく、従って科学的素養が自然と身に付いている』
もしそのとおりだという地方国立大理系がいたらわたしのところへ来なさい。

地方は本当に遊ぶ機会が少なかったですか?
遊ぶ場所がなければ家に引きこもってネットやったりゲームやったり、オナニーしたりセックスしたり、暇つぶしの手段はいくらでもあるよね?

そして実験と座学やってりゃ科学的素養が身に付くというのは本当なのかな?
タスク&ルーチンで鍛えられる素養って一部だけじゃないの?

わたしの知人で「あなたが博士課程へ合格したのは実験と座学で鍛えられた科学的素養のおかげですよ」と思っているひとがいたら手を挙げてください。
ああ特に面接担当の教官陣にそういう意見があれば詳しく聞いてみたいな。


これは三田さんの持論なのだろうか?
それとも何かの伏線か?


仮にこのような実態と乖離していると思われる論のもとに現実に企業の採用がなされているとしたら、「ABO血液型」や「(怪しげな)心理テスト」が人事に活用されているとされた時代から何も変わってないね。(現在ももしかしてそうなのだろうか?)

こういうことを考えると
就活って不安以前にバカらしく思える
じゃあこの漫画の意義ってなんだ?


まあわたしはニートなのであまり関係ない話かもしれませんけど。
でも仮にどんな採用基準なら公正かというなら、
今よりちょっと難しい筆記試験を課せばいいと思う。
それでは試験のときだけ詰め込む者を排除できないという批判があるかもしれない。
でも、詰め込みとはいえ課題をこなすために対処行動する者とそうでない者を区別できる。
普段から向学心があり詰め込まなくても試験をクリアできる者はちゃんとふるいの中に入っている。
その上で面接時でさらに問題解決能力を細かく見ればいい。
要は受験と同じシステムだ。
でもそのシステムが日本をダメにしてしまったという意見があるかもしれない。
本当にそうか?
このシステムが上手くいくかどうかは、適切な試験問題を作れるかどうかに依っている。
上手くいかないのはシステムのせいじゃなくて、試験官のせいじゃないの?

自社で適切な試験官を選出できなかったらそれこそヘッドハンティングで他から雇えばいい。

博打みたいなやり方で採用を行うより、効率的で低コストだと思うんだけどな

「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た
(2005/03/30)
村上 宣寛

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女性vsテクノロジー【ジョアン・ロスチャイルド 他】

  • 2008/04/24(木) 21:52:01

女性vsテクノロジーMachina Ex Dea
ジョアン・ロスチャイルド 編
綿貫 礼子・加地 永都子 邦訳
新評論(1989年)

『科学・技術と社会』のレポートを書く上で見つけた資料。
フェミニズム運動、エコロジー運動、ポストモダンに元気があった時代に書かれたとても刺激的な論文集。
でもその時代精神を共有しないぼくにはかなり読みにくいぜ。
あと著者に科学者が殆どいないし。ぼくは当時の現場の話がもっと書かれていると期待したのだけど。

あまり、レポートには役に立たないと思われるけど興味深く感じたポイントを少々メモしておきます。

「科学の目的は自然の支配である」
なんかこういう考え方があったらしい。そこに自然=女性という前提がある。女性=産む性だからだそうである。
自然の支配が目的であるというのは技術的側面に重点をおいて、つまり社会的な利益を重視して科学をみているのではないか?
でも、科学の黎明期から科学には自然の理解を目的とし、自然への尊敬を少なからず持っていたと思う。

「自然vs科学、女性vs男性、調和vs支配」
この論文集では、こういう対立があるんだと明に暗に主張されている。
そんな対立存在するんですか?とぼくは思うのだけど、もしかしたらこれらのような思想はいまも一般に根強いのかもしれない。

「カトリック的思想」
がこの本で批判されている問題の根本にあるんじゃないかと直感的に感じた。
女性は付随的な性であるという社会からのプレッシャー、あるいは劣等感が原動力になっているのではないか?
近年のぼくは、性的マイノリティの問題にばかり目を向けていたんだけど、男女不平等って現在って解決してたのかな?日本ではどうなっていたのかな?
(2008年4月26日追記付加)

とにかく「人間が自然の上位に存在する」という科学的に考えても間違った主張(人間が自然の上とかありえんし。ヒトなんてたかがサルの一種じゃんか)を前提にした文章から上手く意味のある内容を汲み取れるテクを確立したらもう一回この本を読んでみようかと思う。


女性vsテクノロジー女性vsテクノロジー
(1989/01)
ジョアン ロスチャイルド、 他

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ネクタイの数学【トマス・フィンク, ヨン・マオ】

  • 2008/04/24(木) 16:46:18

ネクタイの数学ケンブリッジのダンディな物理学者たち
トマス・フィンク ヨン・マオ 著
青木 薫 邦訳
新潮社(新潮OH!文庫 2001年)

(2008年4月23日読了)
男子たるものネクタイは毎日締めるべきである。
でなければどのように個性を表現するのか?
とまでは言わないが、ぼくは好きで毎日ネクタイを締めているのでその締め方にはこだわりたい(追記参照)。
数学的に可能な締め方(ノット)をすべて示した本があるというので読んでみた。
ちなみにすでに在庫なしのため、中古で購入した。

この本の骨子はノットを作るときの移動方法が6種類(左、右、センターの3つに対して手前、奥の2方向)であることから、3角格子上のランダムウォークに置き換え、いくつか制限をかけることで85種類を導き出すことである。
付録で巻末に乗っていた数式は時間と専門知識の関係で吟味できなかったが、上記の理論は概ね認めることができた。
ただ、制限が少々きついのではないかと感じた。
制限のひとつで「最後に輪に通して結びを作る」とき、必ずセンターを通り結びに至るようにしているが、そのせいで結局どのノットも三角形で剣が真下に落ちている形になっている。
でも、剣はどうせ重力で下に落ちるのだから横に突き出た形を導き出してもいいと思うんだ。
あと現実にネクタイを使って結ぶとき、長さの制限があるからステップに制限をかけるのは当然にしても、ノットの数は制限をかけなくてもいいんじゃないか?
もちろんノットが増えても上記85種類にセンター以外で終わるノットを加えたものの組み合わせですぐ計算可能だが、実際視覚的に表現してみたら面白い形があるかもしれない。
また、ボウノット(蝶ネクタイの結び目)みたいに輪を入れるやり方や、アスコットタイのような最後にピンで留めることを想定した手順も無視されている(ボウタイもアスコットタイもそれ自体現在少数派だけど)。
そのあたり、なんの断りもなく制限を入れているのはイギリス人著者のこだわりか、保守性か?

85種類のノットの作り方は、すべて非常にわかりやすい図が付いているが、完成形の写真が一部しか載っていないのは残念。
実際にどんなシルエットになるのかは結んでみないとわからない。

理論と説明以外に、ネクタイの歴史にも触れているのは良い。

ネクタイの数学―ケンブリッジのダンディな物理学者たち 男性の首に一枚の布を結ぶ85の方法 (新潮OH!文庫)

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刺青/秘密【谷崎潤一郎】

  • 2008/04/22(火) 17:56:41

刺青・秘密
谷崎 潤一郎 著
新潮社(1969年)

(2008年4月5日読了-刺青、2008年4月22日読了-秘密)
大学院へ行って最初に借りた本は新潮社の『新潮日本文学6 谷崎潤一郎集』であった。受験の日、暇つぶしに入った図書館で見つけ、合格したら真っ先に読むぞと決めていた。
全部読んでしまいたいところだが、忙しいので最も短い短編2編のみを読んでいったん返却することにした。
とりあえず、えろいのはいいことですネ

『刺青』
谷崎の処女作。谷崎は時代を先取りしている!っていうかどの時代にもこんな性癖のやつは少数派だから、谷崎の時代はやってこないのである。
内気な女性のサディズムを目覚めさせて、蹂躙されて悦ぶなんてあり得なさすぐる。

『秘密』
読んでるとwhiskyを飲んでいるかのように心地好い酩酊を憶える。
という感じで所々無作為に挟まれる英単語が頭にガツンと来る
主人公がどうにも他人に思えない。
都会の中で誰も知らない場所に住み書に耽るなんて理想的

ちなみに谷崎の作品は未だ著作権が切れていないため、DS文学全集のようなソフトや青空文庫等で読むことができないorz
でも、えろいのはいいことです

刺青・秘密刺青・秘密
(1969/08)
谷崎 潤一郎

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グ・ラ・メ!(5)【西村ミツル】

  • 2008/04/18(金) 10:43:38

グ・ラ・メ!~大宰相の料理人 5 (5)
西村ミツル 原作
大崎充 漫画

(2008年4月17日読了)
大沢師匠キター
でも『大使閣下の料理人』におけるかわすみひろし先生の絵のイメージが強くて、大崎先生の絵がキモく見える。
原作と漫画家によって作り上げられたイメージはかくも強固なのか。
きっと秋本治先生が『DEATH NOTE』描いたら相当キモイことなるんだろうね。

でも、大崎先生の描く青柳愛とか北島萌とかは見てみたいよ。
番外編とかやらないかな

グ・ラ・メ!~大宰相の料理人 5 (5) (BUNCH COMICS)グ・ラ・メ!~大宰相の料理人 5 (5) (BUNCH COMICS)
(2008/04/09)
西村 ミツル

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統計数字を疑う【門倉貴史】

  • 2008/04/16(水) 19:52:35

統計数字を疑うなぜ実感とズレるのか?
門倉 貴史 著
光文社 新書(2006年)

(2008年3月18日読了)
統計数字はデータの取り方、代表値の取り方によって実態とずれた結果を出力される。
それは当たり前ですね。
著者はそのような誤った統計数字の経済における実例や、その数字に基づいてしてしまった誤った政治判断の例を示して注意を呼びかけている。
でもそれ我々にはどうしようもない問題だよね。
ほとんど数式とか出てこないし、勉強をするにはあまり役に立たない本。
けど、経済学を勉強するとき、あるいは統計学を勉強するときに心のすみは置いておきたい。
数字にうまく実態を反映させようと葛藤する著者の姿は読んでてまあまあ面白い。


統計数字を疑う なぜ実感とズレるのか?統計数字を疑う なぜ実感とズレるのか?
(2006/10/17)
門倉 貴史

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科学者心得帳【池内了】

  • 2008/04/15(火) 21:05:17

科学者心得帳科学者の三つの責任とは
池内 了 著
みすず書店(2007年)

(2007年4月15日読了)
大学院で最初の講義が「科学・技術と社会」であった。そのレポートのために指導教官に貸していただいた本だ。
そしてその著者はこの講義の講師である。
最近書かれた本ということもあり、その内容は講義内容とほぼ重なっている。
よって丁度良い復習になった。

ぼくはアカデミズムを離れて一年間、半フリーター半ニートをやってから大学へ戻ってきた。
また、生物学を専攻しもっぱら生命現象そのものに興味をいだいてていたが、科学以外の趣味のためか興味対象がHomo sapiensとその活動に移ってきた。
だから「科学と自分と社会」の関係を強く意識するようになったわけですよ。
ぶっちゃけ、この楽しい研究活動というものを末永く続けるためには社会と上手く付き合う必要があると思ってる。

科学者は社会と上手く付き合わなくてはいけないというのはぼくの直感だけでなく、最近は科学の現場(大学院、研究機関などの研究室)においても意識され始めているらしい。
近年科学者や技術者の不祥事が相次ぎ、一般の人々の科学・技術不信が強まっている。
また、科学技術が一般生活の基幹に影響を与えていることや環境問題を意識する人が増えて科学・技術への関心が高まっている。
一方で科学の最先端では専門細分化が進み、素人が簡単に理解できるものではなくなってしまった。そして、その最先端に居続けるために現場の科学者は社会に目を向けている暇はないと考えている。
しかし、本質的に科学が社会と寄生的共生関係を持っている(∵研究資金が社会から支払われている)ために科学の存続のためには上述のギャップを埋める必要がある(もちろん科学技術がその基幹をなしている社会もそうしなければ存続が危ういだろう)。

池内先生は天文学を専門としているガチな物理屋だが、上述のように科学と社会との関係を考えていく必要があると思っているらしい。どうやら湯川秀樹や朝永振一郎といったかつての物理学のヒーローの社会活動の影響もあるようだ。

以上を踏まえて池内先生は、科学者が三つの責任を果たすことで科学・技術と社会が上手く付き合っていけるだろうと主張している。

1.倫理責任
まず科学者なんだから科学には誠実にしろよと。捏造とか偽造とか盗用とかありえん。
それにセクハラとかアカハラとかくだらないことすんな。一般の法律くらい守れ。

2.説明責任
自分が何やってるのか積極的に一般の人に説明しましょうね。
すぐに社会の役に立たない分野のひとも大丈夫。ちゃんと自分の仕事をしてれば「文化の基礎に貢献している」と胸を張って言えるよ。
「第三者評価などで説明責任を果たしている」とかいうのはただのごまかしだし、仕事の重厚さに負の影響を与えるからやめた方がいいなあ。

3.社会責任
科学者は科学・技術に関することやそれがもたらす将来について、その知識を活かして科学的に予想ができる専門家である。だから科学・技術がもたらす問題には積極的に意見しようよ。可能な限りの選択肢を一般市民に示そうよ。
なぜなら科学は人類の幸福のためにあるのだからー
できたら人類の幸福を侵害するものは積極的に阻止していきたいなー

で、ぼくの感想だが、
1は簡単ですよ。科学に魂を売り渡した人間ならこれくらいできんくてどうするよ。そうでない人、ただ生活の手段として科学をやってるだけの人はもうやめたらいいよ。科学への風当たりは強くなってんだから、もっと楽な仕事した方がいいって。
2も大丈夫。責任以前に、一般に対して自分の研究内容をきちんと説明するというのは、それに対して深い理解が必要になるので、真面目に仕事してればクリアしなくてはいけないことだと思う。できないなら、いままでただルーチンで仕事をしていて、きちんと自分で理解してないってことなんじゃないかな?
まあ発達段階の途中にいる子供や、科学と聞いただけで拒否反応を示して思考停止する忙しい社会人に説明するのは難しいという問題はあるけど。でもそれ自体、解き甲斐ある問題じゃないか。

3もね、ぼく個人としてはいろんな人と連携して仕事していきたいと考えているので、こういう責任は積極的に果たしていきたいと思います。
だけど池内先生が暗黙に前提としている「科学は人類の幸福のために」というのはアクセプトできません。
彼が偉大な先人同様に本気でそう思っているのか、「社会のための科学」というトレンドを意識してこの前提を根本に据えているのかわかりません。
でもぼくは「科学のための科学」ですべて解決できないかと考えている。科学が扱えない対象に科学を付随させるよりは、その純粋性を保つ方がより信頼性の高い科学を築けるのではないかと思う。
言うなれば池内先生の前提としているのは「人間原理主義的科学」、ぼくの目指すのは「実存主義科学」で、前者は人間が作った人間独自の科学という立場があり、後者は科学はそれ自体としてすでに世界に存在しており(事実の総体として科学をとらえている)科学的営みとはそれに近づく試みであるという立場がある。
なんかプラトンとアリストテレスの話みたいだな。
どちらが正しいのかというのは哲学的な問題といえるかな?どちらかというと価値に属する問題、すなわち個人的な問題であり、議論したところでなかなか解決できなさそうだ。
しかし逆に、このあたりを深く考察していくことが、科学と自分と社会の関係を考える上で鍵になっていくのだろう。

あと引っかかる点がもう一つ。
池内先生は、科学の醍醐味として「誰もみたことない世界に最初にたどり着ける」ことをあげている。
この点はぼくも賛成。退屈しのぎとしてこれほどのものはない。
しかし「二番目の発見には意味がない」、あるいは「一番でなければ虚しい」というのは賛同しかねる。
しかねるのだけど、いろんな科学者が同じことを言っている。学部のとき何人かの先生がそう言っていた。ノーベル医学生理学賞を受賞した利根川進も『精神と物質』中で同じようなことを言っていた(ただし、1番になって著名人となれば最先端の研究者と情報交換ができるようになってまた新しい問題を解きやすいというニュアンスだった)。
しかし、人類全体で何番目に発見しようと独立に発見されたのなら、それが科学的な手順を踏まえて発見されたものならば、その価値は科学的には同じではないか?
(でなければ教育において学生が自分の力で発見する行為も意味がなかったり虚しいものになってしまう)
いままで話を聞いた中で同様のことを言っていたのは、退官してしまった学部時代の指導教官だけである。
その妙に順位にこだわるところは、進化人類学を専攻しかつジェンダーを強く意識している自分には、ヒト雄の権威主義的性向ではないかと考えてしまう。
(ヒト社会において権力を掌握することが繁殖成功度を上げるという例があるため、この予想がただの思いつきとは言いきれない)
幸いに大学院では指導教官のうち2人が女性であるし、まわりに女学生もいるからこのあたりアンケートしつつ考察していきたいと思う。

まあとにかく、引っかかった点はどちらも自分の研究を進めると同時に考えていけそうな問題だと思う。
レポートは記事を書きながら考えたことをもう少しまとめて出すつもり。


科学者心得帳――科学者の三つの責任とは科学者心得帳――科学者の三つの責任とは
(2007/10/11)
池内 了

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このブログのポリシー

  • 2008/04/15(火) 17:24:09

ここは、私nalが書物を読んでその書を読んだコンテキスト、読後の感想、メモなどをアウトプットしてためておく場です。
要するにゴミ箱です。
であるから、批評みたいな芸術的なことはしない。

とりあげる本のジャンルはは、教科書、専門書、啓蒙書、フィクション、ノンフィクション、マンガ、雑誌、科学論文など何でも。文系とか理系とか高尚とか低俗とかを問わない。

私は快楽主義者、自然主義者だから食べたいものを食べて、したいときに排泄する。
だから、あの本が取り上げられていないとかこの本を読むべきという指摘はお門違い。
でも、面白そうな本をぶら下げてやると悦んで飛びつくかもよ?

最後に、みんなそんなことはしないだろうけど、ここに落ちてるゴミを勝手に持っていってリサイクル(複製、再配布、二次利用)とかしちゃダメですよ。

記事の著作権は、すべてライターであるnalに帰属します。
(まあそんなことしようというひとがいるわけないけど、『引用(トラックバック)』はご自由にどうぞ)


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